2010年11月07日

立冬 椿開き始む    今は昔 ベルギー紀行2

今日から初冬となったが、寒いというより涼しいと言った方が合っている様な気候。
だが、これから立春まで厳しい寒さを迎えるのだろう。

20101107 ション便小僧.jpgベトナムの旅を終え帰国、中1日を空けてベルギーへと旅立つ。
漢字で書くと白耳義。
ベルギーといえばビールかワッフルかチョコレートぐらいしか知らなかった。

ブリュッセルの小便小僧は観光客で人だかり。
ビール会社のイベント時は、ここからビールが出て観光客に振る舞われるらしい・・・ヾ(・・;)ォィォィ。


同マンション在住T氏はダイヤモンド関係の会社を興し、ベルギーはアントワープにマンションを所有している。
日本料理屋の視察&料理の試食&観光を兼ねて、再び1人長旅に出る。

アムステルダムのスキムポール空港まで約12時間。
暑い国から、寒い国へと気温差30度弱。
ここはヨーロッパのハブ空港で、この空港からパリまで高速バスが運行している。

大型高速バスは、乗客が小生を入れてわずか4人、ゆったりしているというか、無駄といった方がしっくりくる2時間のバス旅。

アントワープのホテル前で下車するとT氏が迎えに来ている。
即荷物を置き、夕食へと出かける。

20101107 ムール貝ワイン蒸し.jpgムール貝のワイン蒸しは、バケツのような面器に目一杯詰まって、ワインを流し込みながら頬張り、かきこむ。
パンは食べ放題、付け合わせはフライドポテトの山盛り。
デザートに至っては大盛りのアイスクリームにチョコレートがたっぷりと掛かっている。

フランス領土だったベトナム料理とはまるで別物。

海老鍋・ピザ・パスタ・舌平目・ベルギービール・ワインあれこれ・・・・・日本料理などなど。
食べ尽くしの旅行は続く。

20101107 ション便娘.jpg小便小僧から歩くこと数分。
裏路地にある小便娘は余り知られてはいない。

柵が南京錠で閉められており、なんともサディスティック。


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2010年11月03日

明治節           暮秋

偶の昼間にご来店、軽く飲んで世間話をする常連Iちゃんの実家は茨城の鉾田。
鉾を納めて田を耕す。
隣町の行川市が女将の実家なので、Iちゃんが来ると必然的に茨城弁となる。
田舎に帰省し茨城に関わること20数年経つが、未だに何を言っているのか解らない。

20101103 薩摩芋.jpgIちゃんに、鉾田串挽町の甘藷を箱で戴いた。

筑波から冷たい北風が吹き下ろす。
この筑波降ろしは霞ヶ浦&北浦に吹き付け、この湖の蒸気が霜となり土壌を肥やす。

掘りたての芋は甘味が少ないが、これを室で1ヶ月ほど寝かすと甘味と香りが出てくる。
ここいら辺の薩摩芋は日本一旨いと自負している。

さて取りあえず芋羊羹でも作るか。

鉾田串挽町と言えば・・・20数年前のお話。
串挽町の小高い山の中に地酒で有名な居酒屋がある・・・・
あったか、今は解らない。
未だ子供がいない時代に帰省するもやることがない。
この居酒屋へ行こうと話しあう。
当時は飲酒運転が当たり前の時代で、ここは20台ぐらい止められる駐車場がある。

車で10分程走らせ駐車場の前に着くも、すでに満車。
仕方なく路上駐車をする・・・と言っても山の中で周りは田んぼ。
どれほど込んでいるのかと、のぞき込む様に店にはいるが席は半分も埋まっていない。
なんて事はない、1人1台で来ている。

帰り掛けにガムを戴いたが、田んぼの中を走って帰る。
出るのはタヌキかキツネのみ。

飲酒運転は厳罰であるが、良き時代であった。
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2010年10月08日

寒露 雁来る        新月

煙草が値上って、1週間が経つ。
巷ではやれ禁煙だの、本数を減らすだの騒いでいるらしいが、別に吸わないので構わない。
値段やら、健康やらと騒ぐが、問題は副流煙と未成年の喫煙ではなかったか。

かくいう小生もヘビースモーカーだった。

初めて試した煙草はミスタースリム。
親父のまねして気取ってポーズ。

親父の煙草をくすねて、便所の換気扇でふかしたのは15歳の秋。
これは数ヶ月でばれてしまったが、今思うに親は相当ショックではなかろうか。
それ以来、半ば公認で吸っていた。

ショートホープの箱を五本入りに作り直して、学ランの胸ポケットの忍ばせていた。

新宿はサブナードという地下街に煙草専門店があり、端から端まで試し買いをした。
ダンヒルシガレットは巻きが葉で極上の香りがするが、値段が高い。
スティートエキスプレスはラベルに555の数字。
ドイツのゲルべゾルテは切り口が楕円になっている。
サンモリッツの巻紙はカラフルな色。
ゴロワーズは香りが強く甘い。
中でもお気に入りで、長く吸っていたのはキャメルの両切り。
味わい深く香り立つ・・・・ウマイー♪ d(>∇<)y-。oO。。
この両切りはフィルター付きキャメルのフィルターを取っても味が違う。

朝の寝起きは2本吸う。
食後は必ず一服。
飲み屋へ行くと1件で1箱吸ってしまう。
常にライターのオイルに気を使い、バックには2箱は入れている。
二日酔いの朝の歯磨きでオェ〜。

この喫煙生活は15年続いた。

禁煙のきっかけは1つではない。
子供が生まれたとか、走り始めたとか、肺のレントゲンにニコチンがこびりついていたとか。
中でも強烈なきっかけは上野の美術館で見た、人体解剖展の『プラストミック標本』。
身体の水分と脂肪分をプラスチックに置き換えるリアルな標本。
肺がんで亡くなった人の肺を展示してあった。
一回り小さくなっていてどす黒く、すでに肺の形をしていない。
これに驚き、自分の周りから煙草に関する全てのものを捨てた。
長年愛用していたぼろぼろのジッポーは断腸の思いで捨てた。
お気に入りの灰皿は有田焼。
これも捨てた。
ヘビースモーカーだったのに、数ヶ月で禁煙になれてしまった。
煙草を止めて20数年経ち、今では煙たいものは嫌いになったが、未だに吸っている夢を見る。

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2010年09月23日

秋分 雷声を収む    今は昔 ベルギー紀行1

昨晩は雨を覚悟していたのだが、仲秋の名月が見られたと言う常連Aさん。
店を出た時は日付が変わり、曇っていたので名月ではなく仲秋無月であった。

先日来店した、同マンション在住のT氏はダイヤモンド関係の会社を興している。
ダイヤモンドといえばベルギーはブリュッセル。
氏はアントワープにマンションが有り、年に数回買い付けに行っている。

20100923 アントワープ中央駅.jpgベトナムの旅を終え帰国、中1日を空けてベルギーへと旅立つ。
ブリュッセルに日本料理屋がある。
小生がここで仕事をしてくれれば権利を買い取るという。
5年ぐらいで基盤を作ってくれないだろうかと頼まれて、視察兼観光に出かける。
家族の批難を他所に1人旅で、泊まる部屋はアントワープのマンション。
T氏はここで待っている。

成田よりオランダはアムステルダム・スキムポール空港まで約12時間の長旅。
暑い国から、寒い国へと気温差30度弱。
ここはヨーロッパのハブ空港で、この空港からパリまで高速バスが運行している。

アントワープで途中下車。
この1週間の旅は食事に観光に、異文化を堪能する。
ベトナム然り歴史のある国は食べ物が旨い。
・・・・・続く。

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2010年09月08日

草露白し         今は昔 ベトナム奇行4

台風マーロウの暴風で稲に被害がないことを心配し、そしてこの雨が恵みの雨になり事を祈る。
今年の異常気象でビヤガーデンが大盛況だったらしい。
ベトナムではビヤガーデンをビヤホイという。

小学時代の旧友にTパンという奴がいる。
某電気関係の会社に勤めているのだが、2年間の契約でベトナムはハノイに飛ばされた。
家族が恋しく、日々涙を流しているというメールが入り、帰国する前に慰めに行くことになった。

20100908 ベトナム奇行.jpg道ばたにテーブルを出して、お茶と水パイプを売る。
おもむろに座り、ベトナム茶を頂く。
ここのお茶は中国茶と比べて遜色がない程旨い・・・
が、日本人が座って飲んだのは初めてだという。



ここの国の人々はゴミを平気で道に捨てる。
夕方になるとかなりのゴミが捨てられているが、翌朝はチリ一つ落ちていない。
国の雇用対策のひとつらしい。

20100908 ベトナム奇行1.jpg夜になるとビヤホイに連れて行かれる。
広場に簡易テントを張り巡らし、テーブルを所狭しと並べる。
訳の解らない音楽と人々の会話で話し声も聞こえず、
訳の解らない酒とつまみで完全にベトナム人化してしまった。
観光は市場と市内のドライブの1回のみ。

朝酒・昼酒・夜酒で日々是宴会。
1週間はアッという間に過ぎ去り、記憶は薄れつつあるが、覚えているのはアルコールと香辛料の匂い。

帰り間際に、ベトナムのインスタントラーメンを大量に買い込みお土産とした。
かかった金額は11万ドン、日本円で500円。
・・・・・そういえば滞在中に自分で出したお金はこの500円のみであった。
Tぱん、ごちそうさまでした。

そういえば奴さん、小生が滞在中に仕事をしているところを見たことがない。
そして今では元気で日本で働いている。

この旅を終えて自宅に帰るが、中1日を入れてまた新たな旅へ出ることとなる・・・・・
つづく・・・・┐('〜`;)┌ヤレヤレ。
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2010年07月07日

小暑 温風至る    今は昔 ベトナム奇行3

小学時代の旧友にTパンという奴がいる。
某電気関係の会社に勤めているのだが、2年間の契約でベトナムはハノイに飛ばされた。
家族が恋しく、日々涙を流しているというメールが入り、帰国する前に慰めに行くことになった。

20100707 ベトナム市場2.jpg通訳兼秘書にトアンさんという女性がいる。
日々の宴会に飽きたところで彼女に頼み、ハノイの市場を案内してもらう。
市場といっても、位置も場所もちんぷんかんぷん。
ザンさんの運転で4人で出かける。
約500坪ぐらいはあろう敷地の中に魚・肉・野菜が所狭しと並んでいる。
この国独特の香草系が多く食欲をそそるが・・・・

20100707 ベトナム市場1.jpg肉、魚は冷やしもせず台の上に新聞紙をひき、積んでいる。
肉は豚、鳥、を中心に一通りある。
魚はあじ系・らいぎょ・なまず・まながつお・うなぎ・さめ・貝類・かえる・・・・・
水槽に入っていたり、吊してあったりするが、これらはベトナムの気候でいかれてしまうのではないかと心配する。
そして、つくづく築地の管理の良さを実感。

20100707 ベトナム市場3.jpg魚売り場の一角に置いてあるイソメ。
炎天下に放置され、かなりの匂いでまいる。

トアンさんにこれは魚のエサか、と聞いた。
トアンさん 「これは玉子とじにすると美味しいョ」
Tパン    「!?(゚〇゚;)マ、マジ...」
トアンさん 「何を言う。あなたはこれ、旨いといった」
Tパン   「ヽ((◎д◎ ))ゝヒョエ~ー」

これは、シャレではないらしい。
フランス領の影響を受けて食文化は美味しいと読んだが・・・・。
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2010年07月02日

半夏生ず      今は昔 ベトナム奇行2 

小学時代の旧友にTパンという奴がいる。
某電気関係の会社に勤めているのだが、2年間の契約でベトナムはハノイに飛ばされた。
家族が恋しく、日々涙を流しているというメールが入り、帰国する前に慰めに行くことになった。

午後遅くハノイ空港に到着すると、そこは香辛料の匂いで充満している。
すでにTパンは運転手のザンさんと、通訳兼秘書のトアンさんを従えて迎えに来ていた。

ザンさんはベトナム戦争で戦車を運転していたという。
自宅までクラクションを鳴りっぱなしにし、そこのけそこのけの戦車並みの運転。

11月の上旬とはいえ、ベトナムは日本の夏の暑さ。
だが雨期は過ぎてジメジメはしていない。

自宅兼会社に着き、なぜだか和食レストランに食事に出かけた。
ビール、煮酒並の日本酒を傾けながら近況を語り合う。
出て来たつまみは、おひたし・揚げ出し豆腐・とんかつ・鮭の塩焼き・・・・
姿形は和食だが、味はオリエンタル。

ここの国は朝が早い。
朝は6時からクラクションの賑やかな雑音で目覚める。

20100702 ベトナム奇行2.jpg朝一で朝食を食べに出かける。
訳の解らない路地裏に、ガレージの様な定食屋がある。
おもちゃの椅子とテーブルに座り、隣の客が残していった焼酎を引き寄せる。
おいおい、早朝から酒かよ。

そして、テーブルの上には薄汚い紙が束でおいてある。
この紙で箸、コップ、取り皿を拭けという。

良く拭かないと当たるらしい・・・(゚_゚i)タラー・。
拭くそばから紙は足下に捨てろと、これがこの国の風習だという。

揚げパンというか、甘くない花林糖というか、これをつまみに焼酎をあおる。

香草がタップリの野菜料理は素晴らしく旨い。
Tパン曰く、そこら辺から引き抜いてくるらしい。

かの有名なフォーは何の肉が入っているのかは解らず、やけに伸びきった麺が酒をあおらせ、酔うほどにベトナム人に同化してしまう。
滞在中、1度も当たらないのは珍しいそうな。

1週間の滞在で、観光ブックに書いてある様な綺麗な写真の料理は見ていない。

トアンさんに頼み、ハノイの市場を案内してもらうのだが。

・・・・・つづく。









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2010年06月06日

芒種 蟷螂生ず    今は昔 ベトナム奇行1

AM5:20起床。
気温17度、湿度少なくまさにジョギング日和り。
走り終わりには気持ちよく汗が流れる。


19年間続いた店を閉めてから、次の店が見つかるまでの間は約1年あった。

店の機具、備品は無理矢理に部屋に詰め込み、冷蔵庫・洗浄機・冷凍庫などはベランダに置きビニールシートで保護をしたが、如何せん店舗どころか場所も決まっていない。

今だから思うに、この1年間はかなりの不安とプレッシャーだった。
そして生活費を稼ぐために仕事を探すが、その前に家族をおいて1人旅に出てしまった。
それも、息子が高校受験の追い込み時期にだ。

小学時代の旧友、Tパンという奴がいる。
此奴、某電気関係の会社に勤めているのだが、2年間の契約でベトナムはハノイに飛ばされた。
聞くところによると、こちらに作った会社の業績が怪しいので、立て直すか潰すかの見極めをしに行ったらしい。
家族が恋しく、NHKの朝の連ドラで日々涙を流しているというメールが入る。
それでは仕方がないと、帰国する前にちょっくら慰めついでに観光でもするかということになった。

20100606 ベトナム1.jpgベトナムの11月は湿度が低く過ごしやすい。
とはいっても東南アジアの気候で、日中はやはり熱く歩くと汗ばむ。
観光と食事をどうするかと考えて観光ブックを買い研究する。
元フランス領でこの文化の影響を受けており食事が美味しいという。

だが、これが全く役に立たなかった。
それにハノイといっても外れの町らしく、滞在1週間の間日本人には1人とも出会っていない。

・・・・・・・つづく。


因みに、ベトナムではオートバイは全て「ホンダ」と呼ばれており、ヤマハのオートバイを「ヤマハのホンダ」というらしい。


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2010年05月16日

竹筍生ず その1   今は昔

約20年前、我が店はバブル終焉とともに職人さんが上がり、アルバイトも去っていった。

店の改装、定食の中止、メニュー変更を経て女将と2人で回せる店を築く。
これが今の店の基礎になっている。
このスタイルで十数年丹精して来たのだが、道路改正法による飲酒運転の強化により売り上げが落ちていく。
当時は如何に飲酒運転をしていたか、ということになる。

定食のメニューを追加するも顧客減少は追いつかず、駅の近くに移転をする意志を固めることとなった。
それにしても母の死去、小生の大腸がんなどのアクシデントで計画が遅れるも、平成17年10月をもって休業した。

店が見つかるまで1年近くの間、見聞を広める為に動き回るが・・・・・・
色々あった。
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2010年03月26日

桜始めて開く        今は昔

がむしゃらにこなせる若さとバブル時代が後押しをして自分の店を構える。

何時の時代でもそうだが、チョット雑誌に載っただけで行列を作る。
週末ともなると予約でほとんど席が埋まり、開店早々に席が空いてるにもかかわらず列をなしている。

日曜日は家族連れが回転してPM8時には品切れになり閉めてしまう。
忙しくて天ぷら鍋から顔を上げられなく、お客様の顔を見られず話も満足に出来ない。

そして、店が終われば飲みに出かける日々。
何時眠っていたのだろうかと思うぐらい仕事をこなし遊びに出ていた。

特にこのバブル時代はおかしな時代であった。
今思えばこの忙しさで天狗になり、家族はずいぶん迷惑をしていた事であろう。

但しこの忙しさが続いたのはバブル終演までの話。
その後、方向転換をするのだが・・・・・

おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし。

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