2010年02月19日

雨水 土が潤い起る      今は昔 

1987年。
がむしゃらにこなせる若さとバブル時代が後押しをして自分の店を構える。

料理会から来て頂いた職人さんは料理の神様みたいな人。
それと母親と妹に手伝ってもらうが、それだけでは手が足りないぐらいの忙しさだった。
アルバイト情報誌で募集をかけ、忙しい週末は7〜8人使っていたと記憶している。

それでも長く続いて1年、短いと1ヶ月も持たない。
時間はルーズで思った様に動いてくれず日々イライラしていた。
独立して人を使うことの難しさを痛感した。

そして1人、22年間未だに続いている人がいる。
当時、彼女は某電気会社の栄養士で割烹料理屋の見習いの経験を持つ飲食のプロで、これを逃す手はない。

人はこれを政略結婚と呼んでいる。




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2010年02月11日

建国記念の日        今は昔

AM5:30起床。
寝不足だが約40分のジョギングは快調。
痛むような外気の気温は心なしか和らぎ草木の萌え系の匂いが漂う。
昨晩は久しぶりにDVDにはまり最後まで見てしまった。
これでターミネータ4とターミネーター・サラコナーがつながった。
それにしてもこれを見ると3が駄作だったことが良く解る。

1987年。
がむしゃらにこなせる若さとバブル時代が後押しをして、27歳にして自分の店を構える準備をする。

築地時代の後輩Kを従業員にと画策したが、店主にばれてやむなくご破算となり、
さてどうしたものか従業員どころかアルバイトすら決まらないものの、店の準備が着々と進み開店まで秒読み状態。

ギリギリのところでアルバイトが2人、そして母親と妹を入れて5人。
そして料理会から職人M氏を手配してもらうことになった。
若干27歳の若造が人を使う器量もないままに60歳前の年配の職人を使う。

M氏、この料理会の師範代だという。
若い頃から料理の道に入り、何しろ冷蔵庫を氷りで冷やす時代の料理を経験している。
すさまじい実践力と経験値で、7年間の経験しかない小僧などと比べる様も無い。
約5年一緒に仕事をしてきて流石に使いづらかったが、M氏の仕事が今の店の礎と入っても言い過ぎではない。

当時のお客様曰く、M氏が店主だと思っていたらしい。

さて、最近人伝に聞いた話。
築地時代の後輩K、築地の店主と上手くいかなくなりノイローゼで実家に帰り引きこもりになっているという。
仕事が出来き性格が良い奴だっただけ、あのとき無理にでも呼んでいれば・・・
違った幸せのかたちがあったかも知れず・・・。
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2009年11月12日

地始めて凍る         今は昔

修行時代に築地、銀座、六本木の店と移り、最後に友人の寿司屋に1年間お世話になった。

ここは気心が知れ働きやすくおもしろいが、和食と寿司の仕込みは多少違い、覚えることも多くずいぶん勉強になった。
ここの仕事が後で色々と役に立つのだが、兎にも角にもあっという間の1年だった。

そしてその後独立の準備をするが、独立に関する知識は少なく、知人の伝でプランナーを紹介してもらう。

場所は京王線上北沢、甲州街道沿いで24時間車は走っているのだが人通りは多くない。
そこで約半年かけて図面からメニュー構成、ロゴ、コピーまでじっくりと作り込む。

27歳にして自分の店を構えるのだが、借り入れの算段やら、人を使う器量もないままに年配の職人を入れたり、仕入れ先も決まらないままメニューを作ったりと、今にして思うと相当背伸びやら、無理をした・・・・・
と言うか、それでもがむしゃらにこなせる若さとバブル時代が後押しをしてくれた。

そして、20年後に祖師谷大蔵に移転することなど微塵とも思わず・・・。



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2009年10月18日

蟋蟀戸にあり        今は昔

小田急線沿線の駅前にある老舗寿司屋。
ここの若旦那TKちゃんは中学からの友人で、彼に誘われて2〜3ヶ月手伝うことになった。

高校時代に出前のアルバイトをしていたので店の勝っては知っている。

当時は見習いの若衆が2人いて雑用はしなくてもok。
築地の買いだし、魚の仕込み、宴会料理・・などをこなしていく。
日々走り回っていた修業時代と比べて落ち着いて仕事が出来るし、TKちゃんは気心が知れている。

忙しい時は漬け場に入り手伝ううちに寿司も覚える。
寿司用の魚の仕込み、鬼の様に焼く厚焼き玉子、たまに手伝う出前。
寿司屋の板前の如く仕事をこなし、そしてお約束の日々のミーティングで町の飲み屋を闊歩する。

居心地がよく、ついつい1年チョットも居てしまった。

今の店の仕込みは、この時代の仕込み仕事にかなり影響されている。


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2009年09月18日

燕去る           今は昔

昨日は女将の誕生日で、こういう日に限って残業になる。
帰宅12時過ぎ、誕生日プレゼントは鯖のアラの味噌煮&釣り弟子R太のうるか。
これで軽く飲むが、すでに店で下地が出来ているので流石にお互いに眠くなる。

独立を目指して修業にでて、築地に2年、銀座、六本木に1年づつ。
一応それなりに仕事を覚え、こなしてきたのだが独立するには未だ不安で歳も若い。

六本木の店を上がって1〜2ヶ月は自宅でブラブラしていたが、友人からお誘いがある。

小田急線沿線の駅前の一等地にある老舗寿司屋で、彼は確か四代目だったか。
中学校から一緒で高校は違うものの何時も連んでいて気心は知れている。

若い衆に料理を教えるということで3ヶ月ぐらい手伝う話だったがここの居心地がよく、ついつい1年チョットも居てしまった。
この1年が、面白可笑しく仕事をしそして仕事を覚えた・・・・・つづく。
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2009年09月11日

二百二十日          今は昔

昨夜は東の上空にほれぼれする弦月。
これを右手に見ながら女将と2人でのんびりとチャリを漕ぎ我が家へ。

夏から秋、冬に移り変わる時期に必ずといっていい程手が荒れる。
手の甲が切れるのだが傷がなかなか直らず、この痛みで昔を思い出す。

築地の修業時代、入りたての頃は追い回しと言い、毎日毎日掃除や食器洗いなどの日々がメインだった。
そして洗い物は業務用の一斗缶の洗剤を薄めて使う。
爪の汚れに至っては漂白剤で洗っていた。

築地に来る前は‘お坊ちゃん'で、何しろ洗い物などはしたことがなく当然洗剤負けをする。

無性に痛がゆく、夜中にかきむしってしまう。
寝る前に薬を塗り手袋を付けるがやはり痒く我慢できない。

乾いた状態で手を握ると3〜4箇所切れる・・・・
というか手の甲が割れる。
逆に手を開くと手のひらも割れる。

包丁を握ぎると甲が割れる。
放すとひらが割れる。
仕方なく手をお湯に数分間漬けて包丁を握る。
包丁を放すときもお湯に漬けてゆっくりと放す。

一つの傷が治るとまた一つでるという状態が春先まで続き、薬用のクリームが手放せない。
洗い物をするのでバンドエイドは使えず、もっぱら水絆創膏。
いわゆる、接着剤みたいなモノで傷口に塗り傷を固める。
これがまた凍みる様な痛さで両手はかなり酷く醜い。
手先だけゾンビ状態。

さて、この手荒れが2〜3年続いたであろうか、それにしてもよくこの仕事を続けてこれたと思う。
そして、酷い手荒れは直ったのだが、季節の変わり目になると未だに荒れる。

色々な薬を使ったのだが一番のお気に入りはタイツ軟膏という和漢方の塗り薬。
熱を取り荒れを防ぎ、成分は漢方薬とゴマ油・ミツロウだけで安心できる。

ただこれは値段が高くて妙に漢方臭い。


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2009年08月28日

天地始めて寒し       今は昔

修業時代から3年が経ち築地の店長が六本木に独立をするのでそこに引き抜かれた。
経営者は銀座のクラブのママさんで彼は雇われ店長であった。

六本木と言っても住所は元麻布。
テレ朝通り沿いの奥まった場所でチョイと足を運べば有栖川宮記念公園という閑静な住宅地。

住宅地なのにどういう訳か地域密着型の商売をせずクラブのお客ばかりを呼んでいた。
その所為か産地偽装・使い回し・ぼったくりの先端をいっていた。
幾らクラブのお客でも早々は続かず、やはり半年ぐらいでヒマになる。
ヒマになれば店長はゴルフ番組&雑誌三昧。

築地、銀座時代に嫌というほど仕事をこなしていたので、このヒマさと誠意のない仕事が耐え難い苦痛となり1年も経たずして辞める。

そして、ここの店にいて誠意と正直な仕事の心地よさを悟った。

その後1〜2ヶ月は自宅でブラブラするのだが、中学時代の友人からお誘いがある。
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2009年08月12日

蜩鳴く           今は昔

築地店から東銀座の新店舗に移り、苦しくハードな日々をこなしながらコツコツとレベルを上げていく。
だが料理長とのいざこざが絶えず、結局自分からやめるのだが、やめる数ヶ月前から社長のシカト攻撃に遭い、合う度に目の前にいない様な振る舞いをされる。

一介の経営者が若造相手に・・・と・・今思っても悲しくなる。

丁度その時期に、筑地店の店長が六本木に独立をするという。
俗に言う引き抜き。
仕事の内容は変わらないが給料がよい。
がんばればこういう転職もあるものだと有無を言わず即OKするが・・・・・。

六本木といってもテレ朝の裏で、華やかさはない閑静な住宅地。
なんと経営者は銀座のクラブのママさんで彼は雇われ店長であった。
そしてお客様はクラブの常連ばかりでお付き合いで来るお客様ばかり、何を作っても感動がない。

何しろ座って飲むだけでお金を置いていく人達なので何でもありのクラブ商売。

200円で仕入れた養殖鰺を天然鰺と称して1,600円で売ったり、椎茸の石突きをほぐし松茸エキスを加え松茸ご飯と称して売る。
産地偽証の先端をいっていた。

そして、日航ジャンボ機が御巣鷹山に落ちたその夏に、ここの店も長くはないなと悟る。

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2009年08月07日

立秋 涼風至る         今は昔

昨晩は飲まないと心に誓ったが、9時を過ぎるとなぜだか湯飲みにビールが入っていた。

帰りがけに見る南東の上空。
薄雲から朧気に見える十六夜月のセクシーさ、その左下は織姫星か・・・ナ。
風はあるが湿気が辛く、山チャリを漕ぐ度に汗が出る。


築地の修業時代を3年間過ごし、東銀座の新店舗に移ったのだが、兎にも角にもハードな1年半であった。

料理長はアルコール依存症。
店長はパートのお姉さんと好い関係になっていた。

開店時から忙しく朝一から夜半まで仕事の山。

小生は一人黙々とレベルアップに励むが、流石に限界があり社長に直訴をする。
その甲斐あって後輩が入ってくるのだが、この奴さんがこれまた使えない。
確か5歳年上で、名が知れた会社にいたそうだが首になったらしい。
飲食関係は経験無し。
手ノロで仕事は出来ないが口は達者。
かえって足を引っ張るが、それでも良い愚痴相手になってくれた。

後半の半年は料理長とのいざこざが絶えず、結局やめてしまうのだが、やめる数ヶ月は社長のいじめに遭う。

丁度その時期に、筑地店の店長が六本木に独立をするという。

そして、そこに引き抜かれたが・・・・・・・試練はつづく。
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2009年08月02日

大雨時々降る        今は昔

築地の修業時代を3年間過ごし、東銀座の新店舗に移ったのだが、兎にも角にもハードな1年半であった。

店は店長・料理長・小生・パート2名の5名からなる。
店長は接待係に時間を取られ厨房には手を出さない。
料理長は築地店の仕入れ係を兼ねているので昼間の営業ギリギリまで帰って来ない。
そして帰ってきたかと思えばすでに酔っぱらっている。

築地の定食屋で毎朝飲んでいるという真性なアルコール依存症。
夜はドリンク全開で呂律が回らなくなると帰ってしまう。
討論が絶えないのだが結局は在職年数の勝ちで、若造は相手にしてもらえないのであった。 ・・・・・・つづく。

20090802野菜.jpg天候不順で野菜の値が徐々に上がり始めてきた。
農家は秋の種まきだというのにこの天気では不安。
田舎の義母が心配をして頻繁に野菜を送ってくれる。
有り難いこと。

茗荷の旬はこれからでおひたしにすると美味。
モロヘイヤのねばねばが旨い。
はぐら瓜は柔らかく甘い、これ塩もみにする。
栗カボチャは甘さ控えめで大人の南瓜。
茄子は水茄子&丸茄子で身がしっかりと詰まっている。
ジャガ芋はメークィーンで、らっきょうポテトサラダを作る。
そしてこのトウモロコシは芯まで食べられる

posted by tenmogura at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 今は昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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